飯島愛ブログ閉鎖後も続くファン訪問。父母語る10年目

2008年12月24日、クリスマスイブに都内の自宅マンションで遺体が発見された飯島愛。

それから丸9年がたとうとしている今も飯島愛さんの誕生日10月31日には毎年、彼女の友人たちが誕生会を開いているそうです。

なぜ飯島愛は、それほどまでに愛され続けているのか?まとめてみました。

 

誕生会のメンバー鈴木紗理奈と光浦靖子が語る飯島愛が愛される理由

鈴木紗理奈曰く、飯島愛はとにかく“救われる言葉”を言ってくれる人だったそうです。

飯島愛さんは常に正しい答えを言おうとするんじゃなくて、どうしたら“紗理奈の気持ちが晴れるだろう”と考えて言ってくれる、優しさに溢れていたとか。

鈴木紗理奈が彼氏に浮気されてヘコんでいるときも、『じゃあ、一緒に彼氏のところに襲撃にいこうぜ!』みたいな感じで明るく励まし元気づけてくれたそうです。

光浦靖子も、飯島愛はとにかく自身を肯定してくれていたといいます。仕事がつらいときに相談すると『そんなこと、ど〜でもいいんだよ』って言ってくれて、その飯島愛からの『ど〜でもいいんだよ』が聞きたくて相談していたと語っています。

その後いつも大人のオモチャやセクシーな下着を飯島愛が光浦靖子にプレゼントしていたそうです。(笑)

1見適当にも見えますが、飯島愛はちゃんと相手によって対応を変えていて、悩み相談の解決方法もそれぞれ違ったようです。

それでいて飯島愛の言葉はいつも正しく聞こえるので、みんな満足し、慕う人が多かったみたいです。

鈴木紗理奈は「この人はどういう言葉で救われるかってことが天才的に全部わかっていた」とまで言っていました。

亡くなってから時間がたった後も、飯島愛さんのブログ『ポルノ・ホスピタル』には、ファンたちが、

《愛ちゃん、げんきですか?》

《愛ちゃん、私どうしたらいいの?》

といった呼びかけや相談のコメントを書き込み続けています。飯島愛が生きているときと同じように語りかけ続けていました。

そのコメント数は、7万件以上。

鈴木紗理奈、光浦靖子の2人も、いまだに落ち込んだとき、飯島愛だったら何と言ってくれたんだろうとよく思うそうです。

あまり頼リ過ぎてはいけない、甘えてはいけないと思うものの、一方で“愛ちゃんイズム”を絶やしちゃダメだとも思っており、ファンの人たちも仲間も、皆がちょっとずつ飯島愛の“ちっこい種”を持って愛ちゃんの心を継承していかないと、と光浦靖子は語っています。

 

ついに飯島愛のブログ閉鎖

都内の自宅マンションで遺体となって発見された飯島愛。死亡したのは6日前の18日と推定され、死因は肺炎だったそうです。

先述の通り、彼女のブログ『飯島愛のポルノ・ホスピタル』には今も多くのファンが訪れ、日々の悩みをコメント欄で語りかけるています。

残されたブログは、ファンにとっての“心のよりどころ”となっていました。

しかし、2015年10月31日の飯島愛の誕生日を機にブログは閉鎖することになりました。

これまで飯島愛に変わってブログの運営管理をしてきた両親は、コメント欄で娘に語りかけ続けてくれたファンに心から感謝していたといいます。

にも関わらず、ブログ閉鎖としたのは、年齢も70歳を超えたことによる“苦渋の決断”だったそうです。

飯島愛が亡くなって丸9年。ついに10年目を迎えようとしています。

ブログ閉鎖となって心のよりどころを無くしたファンたち、そしてご両親はいったいどんな日々を過ごしていたのでしょうか。

母が語る飯島愛。ブログ閉鎖後もファンと繋がっていた

「今でも12月18日と24日には何人もの方がお墓に来てくださって、お供えものや花束でいっぱいになります。娘が亡くなった日と見つかった日です。それに誕生日の10月31日には、あの子が好きだったカサブランカの花を持ってきてくれる方もいるんですよ」

飯島愛の母はこう語ります。ファンの“訪問”は、ブログ閉鎖後も続いていて、いろいろな人が今も母のもとを訪れ、感謝してくれているそうです。

飯島愛のメイクを担当していた方や、その他関係者の方も『愛ちゃんがいてくれたから今の私がある』と言って、お花を持ってきてくれたり、お墓に来てくれたりしているそうです。

今もこれだけ愛され続けているのは、鈴木紗理奈、光浦靖子の言うとおり、やっぱり飯島愛の生前の人柄によるところが大きいのだと思います。

しかし、母はいたずらっぽく「娘は外面がよかったからね」と言って笑っているそうです。

はっきりものを言う娘を注意したこともあったそうですが、思えばそんな裏表のないところがよかったのかもしれないし、私たちをNYに連れていってくれたりと、やっぱり優しいところもありましたと母は思っているとのこと。

「今はもう、あの子が夢に出てきてくれることもなくなりました。でも、大丈夫です」と語る母は、悲しみ勝ち前を向いて歩き始めているようです。

父が語る飯島愛。ブログ継続は父の意志だった

「もっと早くやめようと思ったこともありました。しかしファンの方々の応援もありましたし、延ばし延ばしにしているうちに、気がつくともう7年になってしまったんです」

そう語るのは、飯島愛さんの父です。飯島愛が亡くなった後も、ブログを続けようと考えたのは、父だったそうです。

すぐにブログをなくしてしまうのは、娘が可哀想という気持ちもあったし、ファンの方々から『愛さんのブログをやめないでください』といった手紙も来たりしていたそうですね。

飯島愛がなくなった後もまるで生きているかのように語りかけてくるファンたちのコメントは、愛娘を失った父の胸を強く打ったそうで、

「毎日毎日は読めませんでしたが、ときどき私たちも読ませていただきました。皆さんのお言葉に勇気づけられたり、元気づけられたりしたこともありました」

と語っています。

 

今も昔も変わらず愛され続ける飯島愛

生前はもちろんお亡くなりになられてからも、ファンはもちろん各、関係者から愛され続けている飯島愛は凄いと感じました。

誰からも好かれ頼られる存在だった飯島愛の正確や人柄は本当に素晴らしいものだと思います。

ブログへの多くのコメント、そしてブログ閉鎖後も大勢の方が両親の元を訪れてくれるのを見て、天国の飯島愛さんもきっと喜んでいることと思います。

何年たっても、飯島愛さんとファンや関係者との絆が消えることはなさそうですね。

 

 

 

 

 

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