宇多田ヒカルが今まで紅白に出ない理由!2016出場は母親の影響か?

どうも、Answerです!

そろそろ『NHK紅白歌合戦』の出場者が話題になる頃ですが、中でも話題度が高いアーティストの1人に宇多田ヒカルがいます。

今回は彼女と『紅白』の関係について書こうと思います。

 

 

宇多田ヒカルについておさらい

まずは宇多田ヒカルの、歌手としての足跡を振り返ってみましょう。

 

「宇多田ヒカル」以前

彼女の音楽活動は、1990年にスタートしています。

父親の宇多田照實、母親の藤圭子とともにユニットを結成、後にボーカルとなり、ソロでも「Cubic U」名義で、アメリカでシングル1枚、アルバム1枚をリリースしています。

 

「宇多田ヒカル」として日本デビュー、数々のヒットを飛ばす

1997年秋、東京のスタジオでレコーディングしていた際に「日本語で歌ってみない?」という話を持ちかけられ、日本デビューを決断します。

そして1年経って1998年12月9日、シングル『Automatic/time will tell』で「宇多田ヒカル』としてのデビューを果たします。

 

FM局のヘビーローテーションの効果や、作詞も作曲も全部自身が手がけていること、15歳の帰国子女であること、そして「藤圭子の娘」であることなどの話題性の高さから、このシングルは8センチCD、12センチCD合わせてミリオンを売る大ヒットとなります。

 

その後も、『First Love』『Can You Keep A Secret?』『traveling』『SAKURAドロップス/Letters』など、立て続けにヒットを飛ばしていきます。

 

「人間活動」を宣言

2010年夏、彼女は音楽活動から離れる決断をし、「人間活動」を宣言、12月に行われたライブ『WILD LIFE』を最後に音楽活動を休止します。

「人間活動」中にリリースされたのは、映画『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』のテーマソング『桜流し』とデビュー15周年記念盤となったアルバム『15th Anniversary Edition』くらいにとどまっています。

 

またこの間に母・藤圭子を亡くしており、イタリア人男性との間に子供をもうけています。

 

本格復帰

しかしこの「人間活動」も、2016年に終止符が打たれます。NHK連続テレビ小説『とと姉ちゃん』の主題歌とニュース番組『NEWS ZERO』のエンディングテーマの担当が決まり、ともに初お披露目となる4月4日、正式に音楽活動を再開するのです。

 

で、現在に至っています。

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